FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

共有の「概念」 - 「何」が共有されるのか?

> ユーザや使い方に制限を設けてはいけない、というのは「共有」という―― FC2 ブログが出来る遥か以前からある――概念で「共有テンプレート」はそれを継承した仕組みだと捉えてます。
http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-910.html



「共有」は「ユーザや使い方に制限を設けてはいけない」のか?

Windowsの「ファイル共有」を考えてみよう。
確かにデフォルトのままでは「ユーザーや使い方に制限」のない状態で「共有」されてしまう。
但し、実際に企業等で運用される場合には、きちんとアクセス権限を指定したり、パスワードをかけたりして、「特定のユーザー(グループ)や使い方」の範囲に限定して「共有」されることの方が多い。
つまり、「共有」をどのようなものとして位置づけるかは、ユーザー自身の手に委ねられている。その「概念」は、単にあなたの「思い込み」にすぎない。


「共有」だから「ユーザや使い方に制限を設けてはいけない」なんてのは、考え方の一つに過ぎないし、すでに利用規約の付けられた共有テンプレートが多数登録されている現状から判断すると、「共有テンプレート利用者の共通認識」であるとは言い難い。

「共有」の意味をそのように狭義に曲解し、それを強制することは、「規約を付けたい」と考えている「ユーザーや使い方を制限する」ことにならないか?


「共有」は本来「自由」であるべきだと考える。その点では、私も根本は同じだと思う。
ただ、「自由」である以上、「責任」が伴う。
他人の権利を踏みにじった上に成り立つ自由は、本当の自由とはいえない。


「FC2ブログのユーザーなら誰でも、簡単に利用できる」なら、当然「FC2ユーザーとしての義務」も負う事になる。
「FC2ブログで作成した共有テンプレートの著作権は共有テンプレート作者に帰属」するのであるから、その権利を尊重し、権利者の定めた規約に従うのは「義務」であると考える。
「簡単に」は「権利を認めない」ことと同義ではない。

「共有」のあり方を限定し、従わないものを排除するような考え方は、その本来の趣旨から外れているような気がしてならない。


「共有」されるのは、「作品」だけではない。作品に込められた「想い」や、その作品を利用するための「ルール」も共有されているのだ。




そうそう、あなたの「例」にピッタリの名前を見つけました。
その名は、「Microsoft Windows」(笑)
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。